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  1. ぽろりっ(0)
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期待!!

 投稿者:期待!!  投稿日:2013年 4月18日(木)19時44分2秒
  期待!!
適切に以上はお願いします。
宜しくお願いします
http://www.jplsgou.com
 
 

女子校生のむちむちおっぱい

 投稿者:永瀬範明  投稿日:2012年 3月26日(月)10時46分49秒
  私は複数人の女子校生と不純異性交遊をしています。
性交渉した3日後ぐらいのペニスのかゆみが気になります。良い軟膏を知りませんか?教えてくださると幸いです。相手は横浜真理さんと横山泉さんです。

僕は非常に頭が悪いです。
生徒をいじめ,人生を邪魔しています。
研究をさせても,成果がなく,論文もほんの少ししか書いていません。論文の内容もレベルが低く,上司の機嫌を取る毎日です。研究しないでインターネットで遊んでいます。どうして私はこんなに馬鹿なのでしょうか?本当に私は神に懺悔しなくてはなりません。僕は馬鹿だから絶対に昇進できないと思います。同じ分野の若くて優秀な人材が入社してきたからです。
才能が全くなく,無知で傲慢な範明をどうかよろしくお願いいたします。女性に痴漢してみようかなあ~
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【最終回】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月21日(月)17時40分37秒
編集済
  こうして、今年、青森高校将棋部は18年ぶり2回目、文字通り執念、悲願の日本一となった。

初優勝は1991年の近村一輝君、飯田巧君、力石史雄君のチームで、それ以来の偉業だ。
前回の優勝も、高校の団体戦で青森県代表が初めて日本一になったということで思い出深いし、
当時、青森高校の正門に大きく掲示された「祝 全国制覇」という看板は今でも印象に残っている。
そして今回の優勝である。今回の場合、はじまりは2年前に遡り、
3年越しのある意味壮大な、そして想いのギッチリ詰まったノンフィクションの物語である。

濃密な3年の主役であった彼ら一人一人、
倉内君、二木君は1年、船橋君、将志君は2年、そして3年全てを俊介君は体験した。
俊介君が中学生のとき、彼のお父さんから、
「青森高校に入って、将棋部に入り、全国大会に行くのが俊介の夢らしいんですよ。」
という話を聞いたことがあった。
4年連続青森県代表、そして3年連続全国大会決勝進出、3年目の日本一・・・。
凄すぎて言葉がない。
結果が全てではないが、それでも3年連続準優勝で終わるのと、
最後、日本一になるのとでは、天と地ほどの差で、全てが全く違う。
地元紙の一面を飾ったり、TVで放映されたり、
知事への優勝報告会で二木君が知事の椅子に座ることなどもなかっただろう。
判官びいき、私情全開で言えば、本当に、本当に優勝できて良かった。

俊介君はこれまで日本一を決める決勝の大舞台
(小学生名人戦決勝1回、全国高校選手権大会団体戦決勝2回)を
3回経験していたが、いずれも惜しくも敗れていた。
今回4回目の挑戦で、ついに日本一をもぎ取った。
優勝した瞬間、3年間、正に全てコアな部分で、
一番の当事者であった俊介君の気持ちはどのようなものであったのだろう。
いつもにこやか、爽やかで好青年な彼であるが、
素直に嬉しいという気持ちは勿論ながら、
それとは別に、彼にしかわからない特別な想いがあったと思う。
超一流の脚本家が考えても、なかなかこうはうまくいくまい。

仲間と一緒に過ごした高校時代の暑い時期の熱い思い出をしっかりと記憶してほしい。
そして、応援したみんなの熱い想いへの感謝の気持ちも忘れずに。
勝ち負け以上に、人としての大事な何かが、そこには必ずある。
それを解し、努力し、実践した3人に、
将棋の神様と、勝利の女神が手を携えて、とてつもない奇跡をもたらしたのである。

最後に、3年間にわたる感動と興奮をありがとう。
そして、改めて、青森高校将棋部日本一、本当におめでとう!!!

【第45回(2009年度)全国高等学校将棋選手権大会】
<青森高校・・大将:二木洋紀、副将:工藤俊介、先鋒:佐々木将志>
準決勝 岩手(岩手)○ - 灘   (兵庫)×(2勝1敗)
    青森(青森)○ - 仙台第一(宮城)×(2勝1敗)
決勝  青森(青森)○ - 岩手  (岩手)×(2勝1敗で見事、悲願の優勝!)

<青森高校>         <岩手高校>
先鋒 佐々木将志 ×  -  先鋒 澤口諒允 ○
副将 工藤俊介  ○  -  副将 中川慧梧 ×
大将 二木洋紀  ○  -  大将 西田明斗 ×

(※予選を含め全国大会全体の勝敗→青森高校は3人で15勝9敗
(ちなみに準優勝の岩手高校は20勝4敗!)→負け過ぎですって!)

(了)
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【12】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月18日(金)17時54分20秒
編集済
  青森に戻ってきてからの彼らには、お祝いのラッシュであった。

第一報は青森将棋界のHPの掲示板にあるとおりである。
報道関係で、日本一の第一報は、8月1日地元紙朝刊の一面を飾った。
次に奈良岡さんをはじめ、日ごろから親しい応援した青森支部道場の皆さんが集まって、
青森支部道場での全国大会報告会兼飲み会があった。
当初、私も参加する予定であったが、興奮のあまり?急な発熱で不参加となるハプニングで残念。
また後日、行方尚史八段にも参加していただいて、
青森将棋界の食の聖地「天ぷら堤」での優勝祝賀会があり、
このときは、帰省中で、ロンゲでいかにも大学生の風貌となった先輩、船橋君も参加して盛り上がった。
更には、三村知事(将棋五段)への優勝報告会があり、それは新聞に掲載され、テレビにも放映された。
夕方のテレビニュースで、その様子を見たのだが、
そのときの3人は正に晴れ晴れとした表情で、その瞬間は、間違いなく全員、かなりのイケメンであった。

そうそう、約束したご褒美の大焼肉大会も盛大に?開催した。
優勝メンバーの二木君、俊介君、将志君に、俊介君の妹の佳織さんも入って、
全員、超特盛の白飯からの爽やかなスタートであった。
「改めて、よく優勝できたよなー」、
「二木君と西田君の盤外腕相撲対決がすごかった(確かに二人の二の腕はすごい)」
など全国大会の話をしながら、
また「これは牛のどこなの?」など肉の部位の話などをしながら、2時間以上は食べていたと思う。
今回は冷麺まではたどり着かなかったが、
それでもきっちり全員、アイスやかき氷などのデザートで〆た充実した内容であった。
正直、食べる量は現役高校生とは手合い違いである。

本当に、いろんな意味で忘れられない最高においしい焼肉であった。
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【11】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月16日(水)18時24分49秒
編集済
  失礼を覚悟で言えば、今年の青森高校がなぜ、日本一になれたかは、今もってよくわからない。

予選で0勝3敗と全敗した筑波大付属駒場高校に、本戦では2勝し、なぜ勝てたのか?
(後日、同高校将棋部顧問の勝又清和先生とお話する機会があり、
 その時の話だと、
 本戦も途中まで 筑波大駒場付属高校が3-0で勝ってもおかしくない内容であったとのこと。
 2勝1敗で負けたと聞いて、かなり驚いたとのことでした。)
準決勝で、初段の二木君が、元全国中学王将で、今年の東北六県大会副将戦全勝優勝者に、なぜ勝てたのか?
おそらく10回やれば1回か2回、勝てるかどうかの岩手高校に、本番の決勝で、なぜ勝てたのか?
なぜ、なぜ、なぜだらけである。

再三、「最後まであきらめるな」、「合言葉は団体戦」と言いながらも、
「やっぱり厳しいよなー」、「準決勝進出でも立派な成績」など、
どこか第三者的に冷めて見ていた部分があったと思う。
こういう発想自体が頭の固いおじさんの証拠なのであろう。

勝因は、「団結力」、「最後まであきらめない粘り強さ」もあるだろうし、
当然、相当、運も味方につけたと思う。
ただ、一番の勝因は、3人とも全国の強敵を相手に、一生懸命指し、
戦いながら1局ごとに強くなっていった結果だと思う。
そして、過去2年間、人は違えども、決勝で涙した悔しさ、鬱積したいろんな想い、
「勝ちたい」、「日本一になりたい」という強い気持ち、執念がそれを後押ししたのではないか。

小・中学生、高校生を見ていると、強くなる瞬間は驚くほど加速度的であり、
1日、1時間、1局ごとに進歩し、正に目を見張る。
私は彼らの「強い気持ち」と「伸びの速さ」を忘れていた。
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【10】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月14日(月)17時52分56秒
編集済
  すると突然、お昼に、きり研究会メンバーの成田豊文君から私の携帯電話に電話がかかってきた。
携帯電話の着信履歴を見ると、「7月31日 12:12」となっている。
B「おー、どうした。平日の昼に珍しいな。」
N「仕事中にすいません。俊介たち優勝したみたいですよ。」
B「え、え、まさかー、そんなことはないだろう!」
N「埼玉の掲示板に載っていたので、間違いないと思いますよ。」
B「マジか、マジか、本当にか!」
N「確かに載ってましたので・・・」
B「どこに勝ったの?」
N「岩手高校に勝ったらしいですよ。」
B「マジか、マジか、本当に信じられない!連絡してくれてありがとう!すごい嬉しいよ!」

しばし、呆然としてしまった。
そして、電話しているうちに、目頭が熱くなり、なぜか鼻声になっていた。
年をとると人間、とても感傷的になるものです。
私が、あまりに驚き、「マジか」を連発し、急に鼻声となり、妙な雰囲気であったため、
職場のみんなが事態を察知したようで、
K「優勝したんですか?おめでとうございます!」
B「ありがとう、でもねー、本当に信じられないんだよ!」
K「すごいじゃないですかー、後輩、頑張ったんですよ。」
B「そうなんだけど、10回やれば、9回普通負けそうな相手なんだよ。」

そして、4分後、興奮し、辛抱たまらず東北大学に進学した船橋君に電話した。
B「Bだけど、今、電話大丈夫か?」
F「はい、大丈夫です。珍しいですね、どうしました?」
B「後輩が、悲願の全国制覇を成し遂げたよ!」
F「えー!マジっすか、マジでー!相手はどこですか?」
B「昨年、苦杯を喫した岩手高校に2勝1敗で勝ったんだよ!」
F「そうですかー、良くやりましたね!」
B「そうなんだよ、頑張ったっていうか、本当に奇跡だよなー!」
F「・・・本当にすごいこと、嬉しいんですけど、自分が居なくなって優勝されると、
  立場が・・・」
B「ははっ、そんなこと関係ないよ、今度祝ってやれよ!」
F「8月下旬に帰省するので、そのときに詳しく話を聞きます。」

その後、13:50に俊介君から、携帯電話に連絡があった。
S「もしもしー、俊介です。」
B「おめでとうーーー!!」
S「なんで、わかったんですか?」
B「昼に、成田君から連絡があって、わかったよ。埼玉の掲示板が一番早く、
  それに載っているみたいだよ。」
S「そうでしたか。」
B「本当に良く頑張ったな、たいしたもんだよ。すごいよ。」
S「ありがとうございます。二木が大活躍でした。
  準決勝も、決勝も彼が勝っての2勝でした。」
B「二木君が?二木君が浅野君や、西田君に勝ったんだー。よくやったね!」
S「そうなんですよ、準決勝は将棋も優勢でしたが、最後はとん死だったし、
  決勝は序盤かなりやばかったですが、最後は何とか寄せ切ってました。」
B「あとの1勝は?」
S「僕が何とか、中川君に勝ちました」
B「そっかー、よくあの中川君を倒したねー。帰ったら内容を教えて。」
S「はい。」
B「それと、焼肉大会の日程を3人で決めておいて。」
S「はい。わかりました!ありがとうございます!」

「マジで」をこの日は何回連呼しただろう?
これ以降、一日、急にハイテンションとなったのは言うまでもない。
その後、奈良岡さんに電話した。
B「もしもし、Bですけど、青森高校、優勝したらしいですよ。」
N「まさか、そんなことあり得ないでしょう。」
B「埼玉の掲示板に載っているみたいですよ。」
N「本当に?誰がどうすれば、岩手高校に勝てるんだー?まったくわからんよ。」
B「でも間違いないらしいですよ。」
N「ひょえー、本当にすごいねー。」

その後の経緯は、青森将棋界のHP掲示板のお祝いメッセージをみれば、
よくわかると思う。
多くの皆さんから、お祝いの言葉がたくさん届いていた。
本当にありがたいことだ。
青森県将棋界関係者の皆さんの優しさ、暖かさには感謝、感謝である。
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【9】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月 9日(水)17時34分50秒
編集済
  運命の7月31日、朝、職場での会話。

B「母校の高校将棋部の後輩が、全国大会に行っているんだけど、
    昨日夜、電話があって、準決勝に残ったらしいんだ。」
K「すごいですねー、全国大会の準決勝ですか。」
B「青森山田高校が甲子園で準決勝に進出するようなもんだよ。それも3年連続でね。
    しかも2年連続準優勝しているんだ。」
K「本当にすごいですねー。」
B「そう、本当にすごいことなんだよ!今年こそ、何とか優勝させてあげたいんだけどね。
    ただ、ここまでくること自体がかなり出来すぎだから、
    かなり無理っぽいんだよなー、相手が悪すぎるんだよ。」

予想される結果、即ち「準決勝敗退」または「3年連続準優勝」のいずれかを
自分自身に納得させるためなのかもしれないが、職場では珍しくこの手の話をしてしまった。
そして、どこかで、この3年間、今日までの彼らの活躍、頑張りを
少しでも多くの人に知らしめたい、知ってほしいと思っていた。
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【8】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月 7日(月)18時50分6秒
編集済
  いい意味で予想外の結果なので、かなり嬉しいことは間違いないのだが・・・。
人間、驚きが大きすぎると、こんな不思議な気持ちになるのだろうか?
かくして、今年も準決勝進出し、3年連続、焼肉大会は確定したが、
奇跡の3年連続準決勝進出を思えば、この時点で慰労の気持ちでいっぱいであった。

なぜなら、準決勝の相手、仙台第一高校の浅野兄弟は加部門下でつとに有名。
副将の大輔君は元全国中学王将!大将の翔平君も元全国中学王将で、
更に今年の東北六県大会副将戦の全勝優勝者!
仮に、仮にうまく2勝1敗で、準決勝を切り抜けても、
きっとおそらく、いや間違いなく昨年の覇者、岩手高校が決勝で待ち構えている。

もろもろ、いや普通に考えると、古い私の頭の戦力分析・予想では青森高校の優勝はかなり厳しい。
勝つ確率は10%もないだろう。なかなか勝つ姿がイメージできないのである。
準決勝進出自体が、奇跡なのに、更にこの上の奇跡、ミラクルを2回も求めないといけないからである。
そのため、電話を切った後は、嬉しい半面、不思議な気持ちもあったが、割と落ち着いてはいた。
「最後まであきらめるな」、「合言葉は団体戦」などと言いながら、
その先があるにも係わらず、気持ちの上では準決勝進出の成績を褒めてあげようと、
ある意味大人の形作り的な発想があったのだと思う。

寝る前、もし、明日の決勝の組み合わせが、青森高校と岩手高校になったら、ふと考えたら・・・。
「いやいや、でもTVドラマじゃないんだから、そんな都合のいい話はね。
将棋の神様も昨年度のような奇跡は、2度も起こしてはくれないでしょう。まさか、まさか・・・。」

とは言え、戦力を再度分析してみると、
大将戦はさすがに厳しいか。二木君が西田君に勝つイメージがわかない。
副将戦は、全国アマ王将となり更に力をつけた超強敵ではあるが、
今の俊介君がベストのパフォーマンスだと相手が中川君とはいえ勝機はある。
先鋒戦は昨年度と同じカードだが、そのときは将志君が澤口君に快勝しており、おそらくいい勝負。

「おいおい、ひょっとして・・・、わずかながら楽しみが出てきたようにも・・・。」
「いやいや、その前に仙台第一高校戦もあるしなー・・・。」
珍しく眠れない夜であった。
結果論だが、そのとき戦力の比較ばかりで、彼らの特有の大事なことを、私はすっかり忘れていた。
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【7】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月 7日(月)17時44分46秒
  2009年7月30日、夜、携帯電話が鳴った。俊介君からの電話である。
全国大会の結果報告というのは、わかってはいるが、毎回ドキドキする。
私の棋風(性格)を察知し、結果の如何に係わらず、連絡してくるのは偉い。
こういうとき、メールでもなく、肉声での報告がアナログちっくで、
より気持ちが伝わるものであり、私的にそうするべきだと思っている。

ただ、特に今年は、予選通過すら危ないし、ましてやベスト4(2日目)まで残るなんて、
と思っていたので、一瞬間をおいて覚悟して、電話に出る。
S「Bさん、俊介です。」
B「おう、どうした?(ドキドキ)」
S「準決勝まで残りました!」
B「マジかー、すごいね、今年のメンバーで準決勝進出はたいしたもんだ。頑張ったなー。」
S「予選も苦戦して、普通に筑波大付属駒場に0-3で負けたりもしました。」
B「それでも予選通ったんだ?」
S「はい、何とか。3勝で予選通過なので。」
B「明日の組み合わせは?」
S「こっちの山は、青森高校と仙台第一高校、もう一つの山は岩手高校と灘高校です。」
B「東北勢が頑張ったんだなー。仙台はどんなメンバーなの?」
S「大将と副将が浅野兄弟です」
B「別の山は?」
S「岩手高校と灘高校です。」
B「今年もすごいカードだね。ちなみに、岩手高校のオーダーは?」
S「大将が西田君で、副将が中川君、先鋒が澤口君です」
B「副将が中川君なのかー、岩手高校もいろいろ考えているね。あと2つ、しっかり悔いが残らんよう頑張れ!」
S「はい。」
 

青森高校将棋部日本一物語(2007年-2009年)【6】

 投稿者:ボンビー  投稿日:2009年 9月 4日(金)17時34分56秒
編集済
  全国大会を前に、スパーリングを兼ねて、二木君が県下三段戦、二段戦に参加した。
三段戦ではベスト8、二段戦では惜しくも決勝で負けた。
結果はともかく、二木君は弓道部と掛け持ちで、
これまで実戦が少なかったから、大会での実戦は良い練習になったはず。
二木君は弓道部で、体格もよく、見た目でだいぶ相手は威圧されそうで、いろんな意味で大物感ありあり。
ただ、指し手は意外に繊細、悪く言えば、やや踏み込みを欠く感じ。長い睫毛がギャップといえば、ギャップ。

そういえば、青森高校県大会優勝の記事を見た友人が、
「青森高校将棋部って、イケメン揃いですね!」といわれ、なぜか苦笑してしまった。
二木君は居飛車党だが、やや作戦に偏りがあり、雁木と居飛車穴熊が得意で、
特に相手が振飛車のときに力を発揮するように思う。
もう少し早くわかっていたら青森の「雁木王」こと旦代さんに、「雁木の心」を伝授してもらうんだっだ。

それでも、7月24日、青森支部道場で夜遅くまで、代表メンバー全員で全国大会前の最後の練習をした。
すでに学校が夏休みということもあり、きり研究会メンバーも一緒で。
私もビシビシ厳しい稽古をするつもりで夜から参加したが、
最後、俊介君には10秒将棋で、何番も棒で負かされ、稽古というより、勢いをつける形になってしまった。
最後に、三人に伝えたのは、「団体戦、どんなに苦しくても最後の最後まで辛抱強く、粘り強く戦うように」、
それ以降、苦しいときの合言葉は「団体戦」となった。

第45回全国大会は7月30日、31日、三重県志摩市の「賢島宝生苑」で、いよいよ一週間後にせまった。
 

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