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1962年11月2日正午スタート

 投稿者:老舟  投稿日:2006年11月12日(日)16時52分45秒
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  本日は小島合宿所「早風碑」周辺清掃に出かけた様子・・・ご苦労様です。
僭越ですが私自身の想いなりに下記の文を紹介します。

『海の弔辞』―悲運の友の死をいたむ―

 僕らは出発した。―初島めざして。
 スタートは「早風」がトップに、次いで「アルマダ」そして僕らが。「早風」は風上に上り、僕はまっすぐにスピンを張って「アルマダ』を抜いた。半時間後、コースを重ねた「早風」を抜きトップに立った僕を「カザハヤ」と「早風」が続いて追う。
スタート後二時間、風力増してスピン走行不可能。・・午後三時半、初島を回る。風雨とみに強し。初島南岸でゼノアにトラブル、「カザハヤ」に抜かれ「早風」間近につめる。(略)

「早風」そして「ミヤ」。君らをのんだ海はいったい何だったのだろう。マストを折って船体をさいたきちがいの波か、やみの底から突然牙をむいて襲った暗礁か。それを知るものは君たちしかいない。
 いや、僕らは知っている。十分に知っていたはずだ。僕らがいどむものが何であるか。僕らを船の上に戦慄させながら しあわせに在らしめるものが何であるかを。
 知りながら、なぜに君らは逝ってしまった。舵を奪い帆をさいて君らを水底にひいていったものは何だったのだろうか。(略)

 だれが何を言おうと君らは、僕らは、間違いなく雄雄しくあの海に在った。その喜び、その光栄がヨット乗りそれぞれ一人ひとりの胸に己の手によってしか刻まれず、そのために君らが死をもって償ったとしても、それは他の何によって否まれるものではない。
 君らの死が、残った僕らに何をもたらすかをやがて君らは見るだろう。僕らはただ逝ってしまった友達の数を数えるだけは決してしまい。君らを喪うとも君らと一緒に僕らはあの海を喪うことは決してあるまい。

1965年石原慎太郎著「大いなる海へ」収録 から引用抜粋
 
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