|
|
> No.289[元記事へ]
西宮で「都の西北」「紺碧の空」を歌った2008年11月3日は、歴史に刻まれるだろう。
53年ぶりの快挙の日は、「早風」の命日でありました。
> 「早風」そして「ミヤ」。君らをのんだ海はいったい何だったのだろう。マストを折って船体をさいたきちがいの波か、やみの底から突然牙をむいて襲った暗礁か。それを知るものは君たちしかいない。
> いや、僕らは知っている。十分に知っていたはずだ。僕らがいどむものが何であるか。僕らを船の上に戦慄させながら しあわせに在らしめるものが何であるかを。
> 知りながら、なぜに君らは逝ってしまった。舵を奪い帆をさいて君らを水底にひいていったものは何だったのだろうか。(略)
>
> だれが何を言おうと君らは、僕らは、間違いなく雄雄しくあの海に在った。その喜び、その光栄がヨット乗りそれぞれ一人ひとりの胸に己の手によってしか刻まれず、そのために君らが死をもって償ったとしても、それは他の何によって否まれるものではない。
> 君らの死が、残った僕らに何をもたらすかをやがて君らは見るだろう。僕らはただ逝ってしまった友達の数を数えるだけは決してしまい。君らを喪うとも君らと一緒に僕らはあの海を喪うことは決してあるまい。
|
|