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最近バルクヘッドマガジンや辻堂ブログ「ヨットが面白い」などで評判の学連消息通の「外道無量院」さんのことを紹介させてください。
私が彼に会ったのは、バンコクの古寺ワットポーでした、オレンジ色の袈裟を着て修行の傍らで人体のツボが書かれたタイ語古文書を読まれていました。
タイの奥地カンボジア国境付近のゴールデントライアングルで行き倒れになっていたところをタイ僧侶に救出された、とのことでした。
その次にお会いしたのは、4ヵ月後パタヤより40km南の軍港サタヒップで、タイヨットレーシング協会会長のスーナム海軍少将との会食の際に再会しました。
すっかり意気投合しましたが、ちなみに外道無量院さんは早稲田にも関係をお持ちの方です。
以下は、ある同人誌に書かれた彼の略歴の抜粋です。
「外道無量院」略歴
東京下町生まれ。(略)某私立男子中学に入学。
中高時代は、甲子園を目指して白球を追い続けるが、「あと1勝」で挫折。次に神宮でのヒーローを目指してセレクで某私大に入学し、1年春のシーズン早々から出場を果たすも、夏の合宿中に上級生の理不尽な暴力に耐え切れず、逆切れして上級生数人を半殺しにして退学となる。直後から地元の暴力団系右翼事務所に出入してアウトローな生活をおくり始めるが、運よく心配して探しにきた中・高校時代の恩師に見付け出されて書生として拾われる。
(略)
沖縄、香港、マニラ、ハワイ、グアムなどレースや回航で思う存分にヨットと海を楽しんだ。
(略)
一方、若くして結婚した妻との間に二人の娘をもうけたが、「仕事&ヨット」の生活ぶりに加えて女性問題まで絡み愛想を尽かされ、長女は中学を卒業すると同時に九州に家出、妻は次女を連れて実家に戻り家庭は崩壊した。
(略)
東南アジアへ流浪の旅に出る。渡航数年後、荒んだ生活から救いようのない薬中毒となり、タイ・カンボジア・ラオス3国の国境付近で廃人同様となって行き倒れているところを、タイ人僧侶に救われて出家を決意、仏門に入る。
(略)
某私大の客員教授に就任、今日に至る。
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